ビートたけし(北野武)の離婚の理由は?幹子夫人の顔写真も調査!

こんにちはフクヤです!

年が明けた2019年1月1日、早くも衝撃ニュースが発表されました!

ビートたけし(北野武)が40年連れ添った幹子夫人と離婚調停に入ったとのことです。

そこで今回は、ビートたけし(北野武)の離婚の理由や、幹子夫人について調査してみます!

ビートたけし(北野武)の離婚理由や幹子夫人の顔写真・プロフィールを調査

それではビートたけし(北野武)の離婚について調査してみます!

離婚の理由を調査

まずは離婚の理由について調査してみます。

この件についての報道を見てみるます。

2018年は所属事務所からの独立騒動で注目を集めたビートたけし(71)が幹子夫人(67)と離婚調停に入っていることが31日、分かった。関係者によると、たけしが家庭裁判所に調停を申し立てた。不調に終われば、早ければ今春に離婚裁判に突入する。愛人とされる女性パートナーと新事務所を立ち上げ、自ら立ち上げた「オフィス北野」からも独立したたけし。古希を超えての“離別”の連鎖が続いている。

引用:スポニチ

報道では離婚の明確な理由は語られていませんが、愛人とされる女性パートナーと新事務所を立ち上げたきっかけではないかと考えられそうです。

また関係者の話として、

ひそかに進められた離婚調停。現在の状況について「財産のことも含め話し合いは難航しているようです。幹子さんは別居しているとはいえ、40年にわたって結婚生活を続けてきた。たけしさんがなぜ、こんな行動に出たのか。そこには女性パートナーの存在がある。公私で彼女が関わっていることで簡単には応じることはできないと思っている」とした。

引用:スポニチ

やはり、私でかかわっている愛人とされるパートナーの存在が、大きな理由と思われます。

たけしは長年、愛人の存在が噂されていたので、今回の離婚もそれが大きな理由なのではないかと言われています。

はたして、たけし本人は何を語るのか、今後の動きが気になりますね!

幹子夫人について調査

次に、たけしの妻である幹子夫人について調査してみます。

北野 幹子(きたの みきこ)

  • 生年月日:1951年(67歳)
  • 出身:大阪
  • 旧姓:松田

今回たけしと離婚が報じられている幹子夫人は、元漫才師です。

たけしとの間に長男一人と長女一人(北野井子)がいます。

また弟にレーシングドライバーの松田秀士を持ちます。

実家は大阪の寺で、武庫川女子大学短期大学部に在学中にピンアップ敦子(ピンアップトリオ)の弟子になります。

1971年、司ミキという名で司ミワと組んで、ミキ&ヤワの女子大生コンビとしてデビュー。

1978年にアシスタントを務めていた「大正テレビ寄席』でビートたけしと知り合い同棲し、1980年に結婚しました。
正式に入籍したのは1983年であるというが、たけしはいつ結婚したのかよく覚えていないそう)

たけしが売れない時期にはスナックでアルバイトをして彼を支えています。

たけしの収入を管理する会社の代表を務めていましたが、2017年にたけしが愛人とされる女性と立ち上げた新会社「T.Nゴン」でて消しのギャラを管理し始めてことから、ここからの収入は絶たれていると考えられます。

幹子夫人の顔写真

次に、幹子夫人の顔写真はあるのか調査してみたところ・・・・

発見しました!

それがこれ!
↓↓

幹子夫人の若いころの写真ですね。

ショートヘアで活発そうな印象の女性。

大阪出身の女性漫才師ということなので、きっとハツラツとした気立てのいい方なのかなぁ~なんて思いますね。

ちなみに、ほかの写真は二人のお子さんのようです。

まとめ

今回は、ビートたけし(北野武)の離婚の理由や、幹子夫人について調査してみました。

離婚の理由は本人からの明言はまだありませんが、愛人とされるパートナーの女性の存在が大きな理由と考えれます。

また幹子夫人については、元女性漫才師で現在はたけしの収入を管理する会社の代表ということでした。

続報が気になるこのニュース!

新しい情報がわかり次第、お知らせしていきます!

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